こんにちは、サニーリスクマネジメントです。2025年1月6日、中国メディアが国内で呼吸器感染症が拡大していることを伝えたと日本国内でも報道がありました。
中国国内では、インフルエンザ類似症状を持つ呼吸器感染症「ヒトメタニューモウイルス」による感染症が拡大しています。日本は地理的に中国に近く、1月28日から2月4日までの春節の期間には多くの中国人が出国することが考えられ、今以上に国外にウイルスが拡大するリスクがあります。
今回の記事では、ヒトメタニューモウイルス感染症について解説するとともに、国内での症例や2025年1月6日時点で明らかになっている感染状況をお伝えします。
インフルエンザ類似症状を持つ呼吸器感染症「ヒトメタニューモウイルス」とは
ヒトメタニューモウイルス(human metapneumovirus: hMPV)感染症(以下、「hMPV感染症」と表記)は2001年に発見された急性呼吸器感染症です。以下、5個の項目に分けて、hMPV感染症の基本的な性質について見ていきましょう。
・宿主
- 主に乳幼児が感染
- 幼児(1〜3歳)の間での流行が多い
- 高齢者を含む成人も感染リスクあり
- 高齢者が感染すると重症な下気道炎を起こすことがある(北海道大学病院, 2021)
・乳幼児への感染における特徴
- 免疫の健常・不全を問わず呼吸器感染症の主な原因となる
- hMPVと新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の同時感染は認められていない(張ら, 2022)
- 乳児・慢性肺疾患・免疫不全・早産児は重症化に関わる可能性あり(Kahn J. S., et al., 2006)
- 一方で後遺症はみられていない
・主な症状と治療法
- 咳(1週間程度)
- 熱(4〜5日程度)
- 鼻水
- 重症化した場合: 喘息様気管支炎などゼイゼイ・ヒューヒューした呼吸、呼吸困難
- 4日以上の熱など症状が長引く場合は中耳炎や細菌の同時感染による肺炎を疑う
- 対症療法が中心、水分補給を行いながらゆっくり休む
- 症状により咳や鼻水を抑えたり熱を下げたりする薬が処方されることも
- 細菌の同時感染の場合は抗菌薬が必要
・hMPV感染症の特徴
- 繰り返し感染する(1回の感染で免疫が獲得できない)が、成長とともに免疫獲得
- ウイルスの遺伝子や症状がRSウイルスと類似
→今回中国で流行しているものは「インフルエンザに似ている」とされるが...後述
- hMPVは年中検出されており、流行のピークは3月〜4月が中心
- 接触感染と飛沫感染
- 幼児は園内感染が主要リスク
- 成人は子どもからの家庭内感染が主要リスク
- ワクチンやウイルスに対する薬は未開発・実用化されてない
- 接触感染に対してはアルコール消毒、飛沫感染に対してはマスク着用等が有効
2024年におけるhMPV感染症の検出報告数
年間を通して検出されるhMPVですが、最新の感染状況はどのようになっているのでしょうか。国立感染症研究所が各都道府県市の地方衛生研究所などからの報告をまとめた資料によれば、2024年における検出報告は2月末から4月初旬に大きなピーク(春のピーク)があり、最大検出報告数は16例。10月下旬から11月末にかけても小さいながらにピーク(秋のピーク)があります。
春のピークでは、下気道炎の症状(咳や呼吸の苦しさなど)が目立ちます。一方秋のピークでは下気道炎よりその他の症状が目立ち、下気道炎の症状は春に比べるとやや少なくなっています。そのほかにも、1年を通してしばしば上気道炎の症状が確認されたり、不明熱(3週間以上続く原因不明の熱)が少ないながらも見られたりしています。
2024年は、1月上旬から4月末にかけて右肩上がりに報告が増加しました。hMPV感染症は乳幼児を中心として感染するため、インフルエンザや新型コロナウイルスなど成人でも感染・発症しやすい感染症と比較すると数は少ないとはいえ、重症化リスクや成人が感染するリスクも存在しているため、注意が必要です。
新型コロナの影響で変化?hMPV感染症における課題
主に乳幼児が感染することが確認されているhMPV感染症。前出の張ら(2022)による研究では、hMPV感染症の乳幼児への罹患が新型コロナウイルス感染症の流行を受けて新たな形態を見せている可能性を示しています。
小児が成長する過程で感染するウイルスの流れで考えると、2歳までに小児の大半がRSウイルスに感染するのに対し、hMPVへの感染完了は5〜10歳とされています。つまり、hMPVの方がRSウイルスよりもあとに感染することが多いのです。また、重症化して入院した小児の月齢の中央値はRSウイルスが2〜3か月である一方、hMPVは6〜12か月であり、これは前述の傾向と同じであるといえます。
しかし、張ら(2022)は、これらの傾向が新型コロナウイルスの流行に伴う感染症対策の厳格化や、感染拡大を防止する社会の動きに影響され、hMPVの小児の罹患年齢が上昇するとともに重症患者の発生リスクも増加する可能性があることを指摘しています。
前記の研究では、2022年の春頃に新型コロナウイルスが大きく流行していた沖縄県に所在するhMPV感染症の重症患者が入院した小児基幹病院において、重症hMPV感染者の年齢に注目しています。その年齢は、重症患者7例のうち85%超にあたる6例が1歳以上、中央値も1歳8か月と、先述した従来の重症hMPV患者の月齢の中央値である6〜12か月と比較すると、大きく上昇したといえます。
同研究では、2022年時点でこの重症患者の年齢の上昇等に対して次のような考察を挙げています:
・新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、2年以上、小児がhMPVを含むさまざまな呼吸器ウイルス感染症に感染する機会が減少していた
・上記に伴い感染そのものや免疫獲得が遅れ、罹患年齢が上昇した可能性
・幼児期以降に呼吸器ウイルスに初感染し重症化するリスクも高まる
小児は成長の過程でさまざまな感染症に罹患しながら免疫を獲得していきます。新型コロナウイルス感染症の流行でステイホームやマスク着用などの感染防止策が行われましたが、それらの対策は新型コロナウイルス感染症だけでなく他の感染症への感染も防いだことになり、それらの中には本来幼児が日常生活の中で自然に感染するものも含まれていたのです。
一方で現在はパンデミックや全国的流行が収まり、「ウィズコロナ」や「アフターコロナ」といった状況にあり、街中を見てみるとマスクをしている人や感染対策用のパネルは数年前ほど多くは見られなくなってきました。感染対策が緩やかになってくると、新型コロナウイルスだけでなく他の呼吸器感染症への感染も再び増加していきます。その例として、本題のhMPV感染症についても、2021年の検出報告数が10例、2022年上半期の検出報告数は1例もないという状況にあったのが、2024年には200例近く報告されており、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていた当時と比べて大きく増加していることがわかります。こうした感染者増加の中で、この数年でhMPV感染症に罹患せず免疫を持っていない幼児も含めた多くが罹患している、重症化しているという状況があります。
さらなる懸念?hMPV感染症と法的な問題
ここまでhMPV感染症の特徴や感染傾向の変化についてお伝えしましたが、この感染症には法的な懸念点もあります。hMPV感染症は重症化した症例が確認されていたり、後述の集団感染が疑われた事例が確認されたりしている一方で、感染症法で規定されている1類から5類の感染症に含まれていないため、流行の実態を把握することが難しい点が懸念されます。2022年にhMPV感染症の重症例がみられた沖縄県では、流行状況を把握するために疫学調査を実施しており、そこで初めて流行の実態が明らかになりました。
新型コロナウイルスやインフルエンザのような爆発的な感染が起きていない以上、定点把握などを行う必要性は少ないといえますが、hMPV感染症は現在、アフターコロナで感染者や重症例が増加しているのに加え、隣国・中国で拡大を見せています。
2020年から猛威を振るった新型コロナウイルス感染症において、日本の防疫体制は万全であったといえるでしょうか。今回のhMPVウイルスも、中国で感染が拡大し春節での人の大移動を経て世界に広がるという新型コロナウイルス感染症と似たような状況・リスクが想定されます。また、hMPV感染症の本来の流行のピークに重なった時期であることも踏まえると、十分な警戒が必要です。さらに、今冬中国で確認されているhMPV感染症の特徴は、「インフルエンザ」に似ているというところにも注目です。通常hMPVウイルスやhMPV感染症は「RSウイルス」感染症に似ているのですが、インフルエンザに似ているとなると、このウイルスを注視しておくことは、地政学的に近隣にある国家としては重要なことでしょう。
子どもや自らの健康を守るために、まずは予防を
hMPV感染症は、2016年に日本国内の高齢者施設で発生した集団感染の原因として疑われたこともあるもので、感染経路等の特定が不十分であるために断定はできないものの、感染した職員が業務の中で入所者に感染伝播させた可能性や、施設側の保健所への報告の遅れがあり、発症者の約3割が入院するといった集団感染でした。集団感染は、この事例のような高齢者施設だけでなく、子どもたちが集まる幼稚園や保育園などの施設でも発生する可能性があります。
また、アジアでのhMPV感染症の感染者確認状況を見てみれば、中国だけでなく、インドでも2例の感染例が確認されているほか、ベトナムも中国での状況を注視していることが明らかとなっています。世界的な感染拡大がなく、感染者の増加が抑えられることが最善ですが、hMPV感染症はワクチンが存在せず、感染しないためには手洗いとうがいの励行やマスクの着用、手指のアルコール消毒などによる感染防止が重要となります。
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