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情プラ法はSNS規制?ポストトゥルース時代の法改正

執筆者の写真: Hinata TanakaHinata Tanaka

こんにちは、サニーリスクマネジメントです。少しずつ穏やかな春の息吹が感じられるようになってきた昨今。しかしXをはじめとしたSNSでは、ある法律をきっかけに大荒れとなりました。

 

その法律とは、「情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)」です。2024年5月に公布されていたこの法律の施行が2025年4月1日に迫ったことで、「情プラ法はSNS規制だ」という論調が高まっています。今回の記事では、新たに施行される情報流通プラットフォーム対処法とその主な内容、そしてポストトゥルース時代における法改正と正確な情報の伝達の難しさを検討していきます。

 

「情プラ法はSNS規制」──SNSの反応は

 

2025年3月12日にXで「SNS規制」と検索してみると、さまざまなアカウントからの発信が表示されました。多くのアカウントがインターネットメディアの記事やSNSで拡散されたと思われる動画を引用しながら、法改正について「言論弾圧」や「憲法違反」と主張しています。「いいね」を数万件獲得した投稿も存在し、「SNS規制」のワードは一時トレンドにもなりました。

 

しかし、ここで一度立ち止まって考えたいのが、「情プラ法は本当に言論弾圧に関わる法律なのか?」ということです。同法については2024年5月から公布されていましたが、施行前となった今、もう一度改正内容を見返してみましょう。

 

情プラ法はどんな法律?

 

これまでの日本において、SNSやインターネット掲示板における違法情報や有害情報に対するプロバイダーの権利や手続を定めてきた法律は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)でした。

 

2000年代以降世界的にインターネットが発達していく中で、日本でもインターネット掲示板やSNSが登場・発展してきました。こうしたサービスは利用者間の活発な交流や、新たな情報の発見などさまざまな特長を持つ一方で、著作権を侵害する投稿や違法な情報を含むもの、そして他者への誹謗中傷などの問題も引き起こしてきました。

 

そこで、上記に挙げたような違法・有害情報や誹謗中傷に対してより迅速に対応し、プロバイダーにおける運用状況の透明化を目的としてプロバイダ責任制限法を改正することとなりました。その改正で生まれたのが「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法))なのです。

 

プロバイダ責任制限法を情プラ法に改正する上での2つの柱は、①違法・有害情報削除の迅速化、②運用状況の透明化であり、この法律は当然ながら合憲であるものの「憲法違反だ」と非難される所以は、①違法・有害情報削除の迅速化が歪曲した形で解釈されたことにあると考えられます。これについて詳しく見ていきましょう。

 

木村美穂子・犬飼貴之(2024)による情プラ法に関する解説では、①削除対応の迅速化として、誹謗中傷や権利侵害を受けた(a)被害者からの削除申出を受け付ける方法を定め公表する義務、(b)申出方法に従った申出があった場合に、必要な調査を行った上で情報の削除を判断し、削除するか否かとその理由を申出者に通知する義務、(c)削除判断に際して適正な調査を行うため、社内または社外に十分な知識経験を持つ人材を社内または社外に一定数確保する義務をプロバイダーに新たに課すと説明されています。

 

3つの義務のうち(c)にあるように、申出があった情報を削除するかどうかの判断はプロバイダーが設置する専門家(侵害情報調査専門員)が行うこととなっています。この侵害情報専門調査員は、弁護士などの法律専門家や日本の社会問題に十分な知識・経験を有する人などが想定されており、このことから国がSNSの情報を審査するのではないことがわかります。実際、同解説において『「どのような情報を削除すべきか」という表現内容に立ち入る判断に行政が関与することは、表現の自由を確保する観点から適切でないため、本法律では、この判断は、引き続きプラットフォーム事業者が自ら行うことを前提とした仕組みとしている。』と明記しているのです。

 

Xのトレンドでは「SNS規制」という言葉が見られましたが、情プラ法では「SNSに投稿される各人の投稿を規制する」のではなく、「SNSに投稿された違法・有害な情報を、申出に応じてより迅速に規制する」ものであると考えることができるでしょう。

 

また、Xでは「国の姿勢と異なる考えは誤情報や偽情報として認識されるのではないか」との声も見られましたが、情プラ法施行に伴い公表される予定の「違法情報ガイドライン」では、削除申出の対象となる情報は、①他人の権利を不当に侵害する情報(名誉権、プライバシー、肖像権、著作権、営業上の利益など)、②その他防止措置を講ずる法令上の義務がある情報(わいせつ、薬物、振り込め詐欺、犯罪実行者募集、銃刀法関係など)が挙げられており、国の姿勢と異なる考えであってもこれらに該当しなければ削除申出の対象となることはありません。

 

情プラ法施行に見たポストトゥルース時代の特徴

 

情プラ法の施行の背景には、誹謗中傷で命が危険にさられる被害者の存在や、従前の手続の複雑さや期間の長さ、闇バイトの募集などの違法な情報の投稿、EUなど外国で規制が進む一方日本では対応しきれていなかったという状況など、さまざまなものがあります。

 

誹謗中傷等の被害者に対してより迅速な削除判断を提供するという被害者救済のメリットがある上に、情報セキュリティ関連の法律を改正することで他の情報先進国と足並みを揃えるという効果も期待される同法。この法令が施行される直前のSNSを見てみると、「ポストトゥルース時代」の法改正や正確な情報伝達の難しさが垣間見えます。

 

ポストトゥルース」とは、2010年代後半に発生した言葉で、主に「事実よりも感情が優越する状態」を指しています。個人の考え方や世論を形成する上で、客観的で論理的な情報よりも、個人の感情に訴える情報が優越する時代である「ポストトゥルース時代」では、「何が正しいか」よりも「何が心地よいか」が信条の基礎となります。

 

今回の情プラ法施行に関するXでの投稿のうち話題になっているものを見てみると、先述の改正内容について正確に触れたものは少なく、「いきなり4月に施行はありえない」「言論の自由が終わる」など感情に訴える反応や危機感を煽るような投稿が多く見られました。こうしたものは、まさにポストトゥルースの特徴を体現しているでしょう。

 

情プラ法に関して正しく認識し理解している人も多く存在する一方で、SNSでは同法に関する正確な情報よりも感情を揺り動かす情報が多く見られる──。国民の間で政治や政策に関する議論が活発に行われることは良いことかもしれませんが、それに関わる情報が歪んで広まるのでは、単なる誤情報の拡散となってしまいます。

 

正しい情報を入手し冷静に思考するためには、「情報リテラシー」が重要です。今回の情プラ法施行に見られたように、ただフォローしている人が発言しているからといった理由や、インフルエンサーが発信していたからという理由で感情に任せた判断をするのではなく、公的機関が発表している正確な情報を理解した上で議論することで、歪みの少ない世論が形成されるでしょう。


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