こんにちは、サニーリスクマネジメントです。年末が近づき、帰省シーズンに入りました。年末には帰省や旅行で多くの人々が航空機を利用しますが、近年は2024年1月2日に羽田空港で事故が発生するなど、大きな事故もみられています。当該事故については、2024年12月25日に運輸安全委員会から経過報告が発表されており事故調査が進んでいますが、東アジア圏では2024年12月29日、韓国で旅客機が着陸に失敗する事故が発生しました。
今回の記事では、この韓国飛行機事故について、日本時間2024年12月29日午後11時までの情報をもとに、現時点で判明している事故概要とその影響、事故機を運用していたチェジュ航空の対応等について解説します。
戒厳令と相次ぐ弾劾議案…大きな打撃を受けた韓国にさらなる試練
飛行機事故の概要を見ていく前に、まずは、前提として現在の韓国国内の状況について検討しておきましょう。韓国における2024年12月は、政治的混乱とそれに伴う経済的打撃を大きく受けた1ヶ月となりました。12月3日、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領(当時)は、国内の警察権や司法権、自由権の一部などを制限する「非常戒厳」を発令。国会に軍が動員されるなど、国内は一時大きな混乱に陥りました。
こうした不安定な政情の中で、尹大統領は一時「弾劾に応じる」旨を明示していたものの、29日まで3回にわたって行われた合同捜査本部からの出頭要請に応じていません。尹氏が14日に弾劾され、27日からは韓悳洙(ハン・ドクス)首相(当時)が大統領代行を務めていましたが、尹氏の弾劾を審理する憲法裁判所の欠員を補充しなかったことから、韓氏も代行就任の翌日となる28日に弾劾。その後は崔相穆(チェ・サンモク)経済副首相兼企画財権限代行を担うこととなりました。一連の政治的混乱の中でウォン・ドル相場は大きく下落し、元首相の弾劾も重なってウォン売りが加速。ウォン安が続き経済的な影響も重くなりつつあります。
上述のような政治的・経済的混乱が長引く状況下で発生したのが、チェジュ航空7C2216便事故でした。当該事故では乗客・乗員181人のうち179人が死亡したとみられており、韓国国内で発生した航空事故で最悪の死傷者数に上るとされています。
チェジュ航空7C2216便事故の概要
当該事故は、韓国南部の地域・全羅南道の西部に位置する務安(ムアン)国際空港で発生しました。務安郡は、南部最大の都市である光州特別市の南西に位置する海に面した街で、空港は2007年から運用されています。事故発生時刻は現地時間午前9時3分頃。バンコク発のチェジュ航空7C22216便(ボーイング737-800型)が胴体着陸を試みたものの失敗し、滑走路の末端から外れて外壁に衝突・炎上。乗客・乗員は合わせて181人、身元が判明しているのは約90人です。乗員6人と乗客の多くは韓国籍で、他にはタイ国籍の乗客が2名とされており、搭乗者の98%にあたる179人が死亡、僅かながら原型の残っていた尾翼付近から乗客と乗員各1人の合計2人が救出され、近郊の病院に搬送されました。
機体は滑走路の外壁に激突したのち、激しく炎上。黒煙が立ち上る中、火は初期段階で消防隊が派遣した30台以上の消防車により消火され早々に救出が始まりました。救助体制は消防士490人、警察官455人を含む1500人以上。救助活動が始まる一方で、当局は事故に関係する要因として、エンジンが鳥を吸い込むなどのバードストライクや悪天候を挙げており、現地メディアはバードストライクに伴う降着装置の誤作動の可能性を報じています。事故発生当時は、当該機が着陸体制に入った後に航空管制がバードストライクの警告を発しており、警告発出直後、当該機のパイロットが午前8時59分に緊急事態を宣言し着陸を試みたものの、一度諦め再び上昇。その後管制の指示に従って1度目とは逆の方向から着陸を試みたものの、降着装置が正常に作動せず、高速のまま滑走路へ侵入。しかし胴体着陸にも失敗。その結果、激突・炎上という痛ましい事故に至りました。
「滑走路の短さ」が韓国飛行機事故の大きさに繋がった?
事故に至った要素として、機体のトラブルや天候等だけでなく、「滑走路の短さ」が挙げられています。事故機のB737-800の離陸滑走距離は1,661mと、本来ボーイング機の中でも滑走距離の短い型であるB737の中でも比較的短いのが特徴です。理論上は1,500メートル級の短い滑走路を持つ地方空港などでも運用可能な機体だといえますが、事故現場となった務安空港の滑走路はどのくらいの長さだったのでしょうか。
務安国際空港の滑走路は2,800mであり、前述に則れば、トラブルなく飛行した場合は問題なく運用できると考えられます。しかし、その「2,800km」も他の空港と比べれば800m以上短く、やはり当該空港は「滑走路が短い空港」といえるでしょう。実際、空港側は開港当初から滑走路延長を要請したものの、実現することなく今日に至っています。滑走路が短いと着陸時の制御や操縦が難しくなる可能性があると考えられます。事故機では正常に作動しなかったとされている降着装置は手動でも操作することができるものですが、それを試みても作動しなかったのか、あるいは操作する間もなく高速で胴体着陸をするという選択を取らざるを得なかったのか、真相は明らかでないにしても、心理的作用により操縦士らに無理な選択をさせたり、危険回避のために取ることのできた選択を取らせなかったりした可能性があると考えることもできるかもしれません。後述のチェジュ航空によるプレスリリースでは、機長の経歴は総飛行時間6,800時間余り(うち機長飛行時間2,500時間余り)の機長5年目、副機長は総飛行時間1,650時間余りの副機長1年10ヶ月目の人物であったことが明らかとなっていますが、コックピットでどのようなコミュニケーションが取られていたかは定かではありません。
さらに当該事故の場合、事故機は通常の着陸と異なって滑走路への進入速度を減速することができず、高速で胴体着陸に至った可能性もあるでしょう。進入速度と胴体着陸という航空機が安全に減速したり着陸したりすることを妨げる2つの要素が重なったことから、結果的に滑走路の長さが足りなかったということができますし、裏を返せば、滑走路が長ければ少なくとも外壁への衝突は免れたということができる可能性もなきにしもあらず、といったところでしょうか。しかし、これはあくまでも仮定と推測に過ぎません。
チェジュ航空の事故対応と危機管理広報
当該事故を受けて、韓国は29日から全国的に7日間の服喪期間に入ることを発表しました。年末に開催を予定されていた音楽特番なども放送休止となっています。
事故機を運用していたチェジュ航空は、格安航空会社(LCC)でありながら大手財閥と済州(チェジュ)島の自治体が共同で設立した、第三セクターのような存在です。事故発生後にホームページ上で『弊社、チェジュ航空は、この事故により影響を受けられたすべての皆様に深くお詫び申し上げます。まずは事故の収束に向けて全力を尽くします。(後略)』と各言語のホームページで「ご案内」を掲示したり、韓国語版ホームページでは謝罪文や第3報までのプレスリリースを掲載したりしているほか、当該機搭乗者の家族向けや一般向けの問い合わせセンターの電話番号も記載しています。
「チェジュ航空から国民への発表」(韓:제주항공 대국민 발표)とされた謝罪文では、「搭乗者と遺族の方々に深い哀悼を謝罪の言葉を申し上げます」と述べたほか、ステークホルダーに対しても「頭を下げてお詫び申し上げます」としています。事故原因については、「関連政府機関の公式な調査発表を待たなければならない状況」と説明しており、報道ではフライトレコーダーの回収が完了しているとの情報もあるため、今後実際に調査が進むものと思われます。
さらに、謝罪文を発出した金(キム)代表取締役は「事故の原因を問わず、最高経営者として責任を痛感します」、「早期の事故の収拾と遺族の支援のために全力を尽くします」、「政府とともに事故原因の究明にも最善を尽くします」と文中で述べ、最後に改めて「事故により亡くなった方々のご冥福を祈り、遺族の皆様にも深くお詫び申し上げます」と締め括りました。
ホームページでの「ご案内」の掲示や「謝罪文」を見る限り、チェジュ航空は可能な限り丁寧に情報を提供し、誠実に事故調査に対応する姿勢や、遺族への支援等を表す体制を示しています。会見では事故原因について詳しく言及しなかったことがメディアからの追及の対象となりましたが、危機管理広報の側面から考えると、確証がない限り、推測や可能性での事故原因を述べるよりは、「現段階では明らかではなく、調査に協力するとともに、公式調査の結果を待つ」とする方が誤報やデマ・うわさを抑制するのに効果的であると考えられます。
さらに「チェジュ航空報道資料(第3次)」を参照すると、事故の経緯や対応事項が示されています。次の表に示すのが発生時刻(いずれも現地時間)と事故の経緯です。
表1 事故の経緯
時刻 | 経緯 |
9時3分 | 務安空港着陸中に滑走路末端から離脱、 空港の外壁に衝突し火災発生 |
10時3分 | 総括対策本部の業務を事故対応体制に 転換し業務遂行 |
14時 | チェジュ航空公式ブリーフィング実施 |
17時30分 | 現場対策本部総括支援チーム、 務安空港に到着 |
18時26分 | 181人中176人死亡、 負傷2人、行方不明3人 |
時系列で見てみると、比較的円滑に対応本部の立ち上げが行われていたことが窺えます。ブリーフィングに関しても、情報の集約や発着便の調整を含めれば妥当な時間ではないでしょうか。支援チームは、どこから務安空港に向かったのかにもよりますが、チェジュ航空の本拠地である済州島からは空路で1時間半から2時間、他のハブ空港である仁川空港や金浦空港のあるソウルからは鉄道で約2時間かかるので、人員の調整や移動時間も含めると、これも迅速な対応であったといえるかもしれません。いずれにせよ、同日中に被害が特定できたことは、事故が朝に発生したことや初期段階で鎮火できたこととチェジュ航空の対応の速さが重なった結果ではないでしょうか。
また、航空会社側の対応事項としては、次の4つが挙げられています:
・全社非常会議招集
・状況と人命被害の確認
・事故現場近くに臨時霊安室設置、空港周辺の霊安室の確認や葬儀手続等の協議を進行予定
・負傷者を木浦中央病院、木浦韓国病院に移送して治療
このように、チェジュ航空は、危機管理広報として正確な情報のみを提供するとともに、できる限りの対応や調査協力を行う真摯な姿勢を見せるといった対応をとっています。今後の事故調査で事故の真相が解明されていくこととなると考えられます。引き続きの対応と早期解明が求められます。
【関連投稿はこちら】
・航空関連記事「海保機事故の影響及び対応について」
・韓国情勢関連投稿「"戒厳令"と混乱」(Instagram)
【参考リンク】
AFPBB News(2024)「『2.8km』務安空港の『短い』滑走路…『胴体着陸』のリスクを高めたか」, 2024年12月29日, https://www.afpbb.com/articles/-/3556253.
BBC(2024a)「【解説】なぜ尹大統領はいきなり非常戒厳を宣布したのか...翌朝には解除」, 2024年12月4日, https://www.bbc.com/japanese/articles/cr564eq6l3eo.
BBC(2024b)「韓国国会、大統領代行の首相についても弾劾案可決 大統領に続き職務停止」, 2024年12月28日, https://www.bbc.com/japanese/articles/c1elq34ng3go.
BBC(2024c)「韓国で旅客機が滑走路外れ炎上 179人死亡、2人救助」, 2024年12月29日, https://www.bbc.com/japanese/articles/c3dx2v3nreno.
チェジュ航空(2024)「チェジュ航空(韓国語版)」, https://www.jejuair.net/ko/main/dark/index.do?tab=0&pageNum=1.
チェジュ航空(2024)「チェジュ航空(日本語版)」, https://www.jejuair.net/ja/main/dark/index.do.
チェジュ航空(2024)「제주항공 보도자료(3차)」, 2024年12月29日, https://www.jejuair.net/ko/main/dark/reportDetail.do?billboardNo=0000000087.
時事ドットコム(2009)「B737 地方路線のエース」, 2009年10月22日, https://www.jiji.com/jc/v2?id=20091022civil_aviation_planes_27.
NHK(2024a)「韓国 首相弾劾議案可決で経済にも影響 15年9か月ぶりウォン安」, 2024年12月28日, https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241228/k10014681881000.html
NHK(2024b)「韓国 ユン大統領 3回目の出頭要請応じず “拘束令状請求も”」, 2024年12月29日, https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241229/k10014682231000.html.
運輸安全委員会(2024)「海上保安庁所属ボンバルディア式DHC-8-315型JA722A及び日本航空株式会社所属エアバス式A350-941型JA13XJの航空事故調査について(経過報告)」, 2024年12月25日, https://jtsb.mlit.go.jp/aircraft/rep-acci/keika20241225-JA722A_JA13XJ.pdf.
聯合ニュース(2024)「韓国の空港で旅客機が胴体着陸 バードストライクか」, 2024年12月29日, https://m-jp.yna.co.kr/view/AJP20241229000600882.
ロイター(2024)「韓国最大の航空機事故、胴体着陸後に激突炎上 死者179人・2人救助」, 2024年12月29日, https://jp.reuters.com/markets/commodities/GOVJA2JYAZJYNC4XYEFSJ2Y5IU-2024-12-29/.
全日本空輸株式会社(2010)「機種別諸元」, 2010年, https://www.ana.co.jp/ir/kessan_info/annual/pdf/10f/10f_07.pdf.
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